4月13,14日

13日

参加者:

畝岡 文隆    勝北スポーツ少年団 団長 
大西 桂一郎      宮崎橘道院 道院長 
赤羽 智明        東京千代田道院 
橋本 由恵        湘南二宮道院 
並木 正人      東京小平道院 
生田目 憲一      町田南道院 
立花さん    岩手花巻南道院
畠山、田内、藤田 埼玉入間道院
畠山薫  宿泊所管理者(サポーター)

湘南二宮道院の橋本さんからリポートをいただきましたので掲載します。

PDFからテキストに変換していますので読みにくい箇所があるかもしれません。あらかじめお詫びします。

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宗道臣塾2期修了生 
陸前高田ボランティア先遣隊レポート 
平成25年4月 
 
日 程 平成25年4月13日(土)~14日(日) 
参加メンバー 畝岡文隆(岡山)・大西桂一郎(宮崎)・赤羽智明(東京)・生田目憲一(横浜) 
 並木正人(東京)・橋本由恵(神奈川) 
 
行程及びボランティア詳細 
 
4月12日(金) 14:30 東京駅集合 
 畝岡さん(新幹線にて)、大西さん(飛行機にて)、赤羽さん、生田目さん、橋本の5名で 
 7人乗りエスティマ(生田目車)に乗車。 
 15時過ぎ 東北へ向け出発 
 
 20時過ぎ 岩手県一関のビジネスホテル到着 
 夕食をとりに一関駅前へ。再会を喜びつつ、明日からの活動に備えて士気を高める。 
 
4月13日(土) 6:00 ホテルロビー集合 
 ここから並木さん(深夜バスにて)合流。6人揃って陸前高田へ向う。 
 一般道を走ると、高速道路からはわからなかった、震災後の様子が見え始めた。 
 仮設のコンビニで朝食を調達。 
 
7:00過ぎ 少林寺拳法ボランティア拠点である、第三部落会館※に到着 
 
 本日は、山梨からの男性1名、畠山先生(埼玉入間道院)と女性2名、畠山先生のご実家からお兄様、塾生6名の総勢11名。 
 
 ※第三部落会館は、普段はこの地区の方々が利用する公民館ですが、 
 畠山先生のご実家がすぐ下にあり、そのご縁で少林寺拳法のボランティア 
 拠点として使わせていただいているそうです。 
 ここにはボランティア活動・宿泊に必要と思われる様々なものが常備されて 
 おり、来た人がいつでもすぐにでも参加できる態勢が整っています。 
 私達も安全靴や、ビニール手袋等お借りしました。 
 
 8:00 陸前高田市復興サポートステーション到着 
 ここで当日の活動内容が振り分けられる。 
 少林寺拳法チームは「再生の里ヤルキタウン」※の熊谷さんをお手伝いすることに。 
 
※ 「NPO法人再生の里ヤルキタウン」は、これ以上二次被害者(震災後、慣れな 

い暮しの中、孤独感・喪失感からうつ・自殺など様々な症状に苦しめられる)を絶対に出してはならない・・そんな強い思いから、熊谷さんが始められた。誰もが集える。コミュニティー広場・プチタウン。 
 URL:http://amablo.jp/yarukitown/ 
 
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 熊谷さんはご自身の仕事を辞め、ご実家の土地を提供。近隣の仮設住宅の方に貸出すた 
めの畑を造成したり、みんなが集えるカフェやワークショップ、産直などの事業も手がけ 
ています。また、花画廊と名づけた一画は桜・椿・オランダから寄贈されたという25000 
本ものチューリップなどが植えられ、集う人たちを和ませようと、造園が進んでいます。 
 私達は、その花画廊へ登る階段の整備と、培養土の運搬作業をお手伝いさせていただき 
ました。 
 
 2012年12月にオープンしたというヤルキタウン。当初は若いボランティアスタッフが 
多く集まり、作業を進めていたそうですが、段々とその数が減り、今では日々の作業も熊谷 
さんお一人でされることが多いとのこと・・・。 
 
 15:00過ぎ 作業終了。 
 
 「霊泉玉乃湯」で汗を流し、夕食の食材買出しへ。 
 仮設ながら、大きなスーパー(MAIYA)もできており、品揃えも豊富。 
 ただ、とにかく道が暗い。夜になると周辺の不自然な暗さがよくわかる。 
 
 部落会館では、畝岡さんが地元津山のB級グルメ「蒜山焼きそば」と「ホルモンうどん」、 
 他、腕を振るってくださいました。おいしかったです! 
 今回は塾生のみでここに宿泊ということもあり、早めに寝るつもりが(?)、つい・・・。 
 よく食べ、よく飲み、よく笑い、語った一夜でした。 
 
 
4月15日(日) 
 部落会館は、午後には地元の方が使用されるとのことだったので、念入りに片付け、掃除。 
 ここで出たゴミの処理や、寝袋・毛布の準備、普段の管理等は、畠山先生のお兄様がさ 
れているとのこと。とても気さくでお話の楽しい方でした。お世話になりました。 
 
 畠山先生方3名とお兄様、塾生6名の総勢10名。 
 
 8:00過ぎ 陸前高田市復興サポートステーション到着 
 現地スタッフから簡単なオリエンテーションを受け、本日の作業は漁業支援。 
 
 (広田)港では、水揚げされたわかめとめかぶを出荷するための作業をお手伝い。 
 茹でられたわかめを冷水に通し、塩をまぶす。大量のわかめを移し変えたり、袋詰めし 
 たり、なかなかの重労働。めかぶは余分な部分を切り落として袋詰め。 
 同じ一連の作業を3チームに分かれ、1箇所に5~6人で行いましたが、普段はこれを 
 3人程でされるとのこと。海辺で風にふかれ、海水に浸りながらの作業。 
 
今回のように春らしいお天気の日に来た私達は、恵まれていました。 
 漁港の皆さんには、本当に丁寧に教えていただき、差し入れや沢山のめかぶをおみやげ 
に頂きました。午前中のみのお手伝いでしたが、こちらがお世話になりました。 
 
 
私達塾生は、ここで今回のボランティア活動を終了。 
陸前高田市内の元JR陸前高田駅前広場だったところで、畠山先生に少しお話を伺いました。 
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どこまで津波が来たのか・・・、所々に残る建物も、例えば4階と5階でまったく様相が異なり、境界線がわかるのです。海近くの駅前は見渡す限り、何もない。あるのは土台やアスファルト。この近くに避難所に指定されていた建物があり、そこへ避難したために、津波に巻き込まれた方々。依然水が抜けず、泥沼のようになったままの地帯。 
海水をかぶり枯れた山の木々は、次々切り倒され(残っている所は、本当にくっきりと津波が到達した境界がわかる)、瓦礫や残った建物は撤去され、新しい街づくりが始まっている。 
そのための盛り土がされ、防波堤がつくられようとしているが・・・、まだまだ先は遠く長く、 
問題も多いようです。 
 
その後、私達は黒崎温泉郷で汗を流し、陸前高田を後にしました。 
途中、山際で倒木や枯木の切り出し作業をされている畠山先生方をお見かけしました。 
遠く車中でしたのでお声掛けはしませんでしたが、3人で黙々と作業されていました。こうやって、週末ごとに丸2日間、活動されているのです。改めて、頭が下がる思いです。 
 
 
せっかくここまで来たので、なるべくこの目で見られるものは見ていこうということになり、 
そのまま一般道で、気仙沼~女川~石巻へ。 
 途中、山間部のわずかな平地にも仮設住宅が建てられている。土砂に埋まったままの鉄道・ 
トンネル。工事中の道路。 
 女川原発の鉄塔が遠くそびえたつ、その有様と周囲の現状とのあまりの落差。 
 町が丸ごと消えている所。 
 役場の放送室内から有線放送で、最後の最後まで避難を呼び続けて、遂に津波にのみ込まれ 
て流され、皮肉にも婚約者の手によって発見された女性が勤められてた女川町役場。 
 瓦礫が撤去され、何もない空間と、何事もなかった家々の並ぶ、その境。 
 地域ごとにもその復興状況は様々。その中で、気仙沼の第十八共徳丸・石巻の大川小学校・ 
門脇小学校・日和幼稚園に立ち寄った。 
 
☆気仙沼 第十八共徳丸 
 当時のテレビ映像でも有名になりましたが、津波で沖合い3kmから流され、内陸750m 
 のところでそのままになっている大型漁船。 
 周囲には家々の土台が密集してあり、ここが町だったことがわかる。 
 船の下敷きになったままの車がそのままあり、痛々しい。シンボルにとの声もあったが、船は取り壊されることが決まったという。 
 
 昼食がまだだったので、船近くの仮設で営業されている地元の食堂「塩田」へ。 
 こちらのご主人ももとは豆腐屋さんで、工場をお持ちだったらしいが、全て流され、皆が 
 集まれる食堂を始めたという。海のものがメインだが、一番のお勧めは海鮮味噌ラーメン。 
 作っているのは自分ではなく、ラーメンのプロだから、絶対うまい自信がある、けど、 
 向かいにラーメン屋ができたから、あんまり宣伝するのはやめた・・・。隣の魚屋に売ってる 
 「鮫の心臓」はぜひ食べて欲しい、ここで広げていいからとわざわざ買ってきてくださる。 
 遠方から来た私達を絶妙の受け答えで楽しませ、あれこれと勧めては満足そうにされていて 
 人柄の大きさ・明るさ・・人を引きつける魅力にあふれた方でした。 
 
☆石巻 大川小学校 
 東北最大の河川、北上川の河口から約4km上流の川岸に建つ大川小学校。 
 多くの児童・先生が犠牲になった。 
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 裏手の山側に逃げれば助かったのに・・と、悔やまれる。まさかここまで来るとは思わなかったという津波は、堤防を軽々と超え、校舎を屋根からのみこんだ。想定外の出来事に、現場の判断がつかなかった。 
 
折しも強風と砂嵐が舞い、立っているのもおぼつかないような天候でした。供えられたたくさんのお花やジュースやお菓子が、犠牲になった子供たちや学校職員の無念さを静かに語りかけてるように思えました。ここではさすがに、いつもの「みんなで写真を」という気分にはなれませんでした。ただただ、立ち尽くして茫然とこの現実を見ることしかできません。そして、目に焼き付けておくことしかできませんでした。 
 
☆石巻 門脇小学校、日和幼稚園 
 日が暮れかけていたが、ここは赤羽さんが以前ご自身で訪れており、ぜひにということで 
 立ち寄った。 
 日和山の麓にたつ門脇小学校は、津波の前に日和山への避難が徹底され、多くの児童・住民 
 が助かった。日頃の避難訓練も、津波を想定し、日和山に逃げることを鉄則としていたという。 
 一方、門脇小学校よりも高台にあり、そのまま留まれば助かったはずの日和幼稚園では、地震後、園児を園バスで送り出し、津波とその後の火災に巻き込まれ5人の園児が命を落とした。 
 早く親元に返してあげたかったので・・・、という園長。それとは対照的に、日和山の頂上へ着くまでは児童を親に引き渡さなかった校長。 
とにかくパニックになってしまったという園長。園では誰も知らなかった避難マニュアル。 
 日頃からご近所との連帯の元、避難通路を確保し、マニュアルを徹底していた校長。 
津波が引いたその夜、遅くまで子供たちの叫び気が聞こえていたという証言があることを聞かされ、同じ、子を持つ親の一人として身につまされる・・・。 
 同じ地域での、あまりの対応・被害の違い。 
 津波後、火災にも見舞われ、焼けたまま残る門脇小学校には「僕らは負けない」と大きく描かれている。日和幼稚園は震災前とまったく変わらぬ姿で建っていた。 
 
 
 日もすっかり暮れ、ここから高速に向い、東京への帰途に着く。 
 
23:30過ぎ 東京 神田駅到着。 
 
 結局、行き帰りともドライバーは生田目さんと赤羽さんに任せっきりになってしまいました。無事に私たちを連れて行って、そして帰ってくれて、ありがとうございました。 
 本当にお疲れさまでした。 
 名残を惜しみながら解散し、それぞれ帰宅。 
畝岡さん、大西さんは駅近くのビジネスホテルで一泊した後、帰郷。 
 全ての行程が終了しました。 
 
 
終わりに 
 
 今回、宗道臣塾の仲間で東北を訪れる機会を頂いたことは、私の人生の中でもかけがえのない 
貴重な体験となりました。被災の状況もさることながら、人との出会いの深い旅でした。 
 ヤルキタウンの熊谷さんは、「なんとかしたい」というご自身のやむにやまれぬ思いから、次々と行動を起こし、実現させていきます。「ちょっとやりすぎるんだけどね・・・。」ふと漏らされ 
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ていました。中々人手が集まらないのも現状です。ただ、思いの必死さ・本気さは、痛いほど伝わってきます。問題意識も高く、行政のやり方にも、言いたいことが沢山あって、「防波堤だって6mだった所に10mの波が着たから今度は更に高くする・・・。海が見えなくなっちゃうんだよ。 
それじゃだめだと俺は思う・・。見えるから、危機感がもてるんだよ・・・。」「これだけ盛り土したって、誰が家建てる・・?」 
 漁港の皆さんも、一度手伝いに来ただけの私達に、最大限の親切と感謝さえくださる。私にめかぶの処理の仕方を教えてくださった女性は、「じゃあ後はお願いします。私は安心して他へ行けますから・・。」と言ってくださいました。 
食堂塩田のご主人も、全てを流されながら、地域のため人のためを常に優先して、それをおごりもせず、さらりとやり続けておられます。 
 石巻の惨状には、個人的にはかなりショックを受けました。二人の長の言動のあまりの違いが明らかになるにつれ、ご遺族のやりきれない思いが深まるのも分かります。 
そして、今回何から何までお世話になった、畠山先生。体調が思わしくない中、本当にありがとうございました。 
先生は、金曜日の修練の後そのまま陸前高田に向かい、土曜日日曜日丸日間作業され、埼玉へ戻られます。それを、毎週末たんたんと繰り返されています。ご一緒だった女性拳士の田内さんも「これる限り来ている」そうです。先生のお体を気遣いながら、運転も交代で。 
今回はたまたまご一緒できませんでしたが、もちろん他にも週末ごとに陸前高田に来ている方々がいます。まだまだ、やれること必要とされることが沢山あるのです。 
 
誰が来てもいいように、ボランティア活動に必要な備品を整え、宿泊に必要な細かなものまで 
常備されている倉庫、部落会館という拠点を維持するための、少林寺拳法本部や、陸前高田復興支援チーム、畠山先生のご実家の皆様、お兄様のご尽力。 
また、東北行きを実現させるまでにお世話になりました、根本さん、向田さん、宗昂馬さん。実際の行程をプロデュースしてくれた生田目さん、言いだしっぺの大西さん、それを盛り上げ 
実現させた畝岡さん、赤羽さん。機会を逃さずのった並木さん。皆さんに、言い尽くせないほどの感謝です。心から、ありがとうございました。この場を借りて、お礼申し上げます。 
 
そして、また、スタートラインです。塾生それぞれが、既に湧き上がる思いを抱えて、うずうずしているようです。次に集まった時、どんな話が出来るか楽しみです。 
 
 書きつくせないことも沢山あります。また、今回はたまたま、6人での活動でしたが、宗道臣塾塾生全ての方々と、これからも様々思いを共有できますことを祈りつつ、レポートを終わりたいと思います。 
 
(文責 2期修了生 橋本由恵) 
 
 
参 照 
 
http://shousp.e-tsuyama.com/ 
畝岡さんの勝北スポーツ少年団のHPです。東北行きの様子が詳しく載っています。 
 

陸前高田先遣隊レポート2013.4_写真添付.docx
Microsoftワード文書 1.0 MB

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コメント: 3
  • #1

    syorinji-iruma (木曜日, 02 5月 2013 01:15)

    画像が変換出来ない!あどびー、1600円返せ!!!

  • #2

    itou syouichi (木曜日, 02 5月 2013 13:27)

    合掌。家庭の事情で同行できませんでした。皆様の想いと活動が手に取るように分りました。積み重ねて行けば復興の力になって行きます。有難う御座いました。再拝

  • #3

    lp:っl;l@; (木曜日, 12 2月 2015 09:13)

    mkbjkml;